ようこそ〜「シンクロニシティーの世界へ」

  「偶然」は神様からの贈り物

     熊野のお灯祭りで偶然に撮れた「龍神」

仏教を開祖した、お釈迦様もこの世に偶然など無く、すべては必然の世界だと諭しておられる。

「偶然とはなにか?」
「私たちの自由意志とはなにか?」
「偶然と必然は同じものなのか?」

それとも偶然が必然を呼びこみ、必然からまた偶然が生まれているのか?
疑問は広がるばかりであるー。

偶然の向こうに必然の世界が広がっているなら、私たちの人生の意味もまた一段と違ったものになる。

この目に見えない偶然の世界を理解し、必然の世界に引き込むことができるなら、私たちはもうひとつの人生を歩むことができる。

「偶然の力」を利用して人生にツキを呼び込めないか?
もし、それが可能ならば人生に奇跡さえも起こすことができるだろう。

アサイド

「あなたの今までの人生はどうでしたか?」と尋ねられると

私の人生は辛かった、幸せだった、苦しいが楽しかったと、それぞれの

体験を語り始めるでしょう。
しかし、もしその人の人生を復元できると仮定し、第三者がその

人生ドラマを観ることができたらどんな感想になるのでしょうか。
おそらく全く違った感想になるに違いありません。
なぜなら、人生の物語はその人の視点で語られるからです。

視点が変われば人生物語も変わってしまいます。
どんな人生にも、幸せは満ち溢れています。視点を変えさえすれば・・・
視点とはなんでしょうか。
その人の知識、価値観、自然観、思想、宗教、心情、生きている環境や時代

などの諸々の要因が集まったものです。
同じ体験をしても見えてるものが違うのです。

どんな視点が良いのか悪いのかということではありません。
生きている環境や時代が同じでも、人はみんな違うという事実です。

違いがあるからこそ、それぞれの人生物語が出来上がるのです。
それは個性というより、ものの見方考え方の違いです。
自分の人生を幸せに思えるかどうかは、この視点にかかっています。

裏を返せば、どんな人生であろうとも視点を変えれば幸せになれるという

ことを示唆しています。
「自分の人生は幸せなのだろうか」と、この問いかけこそが視点を変える

スタートにしたいものです。

あなたの人生は「場」の影響を受けている

あなたの人生は「場」の影響を受けている

「場」とは見えない概念です。

でも、私たちは日頃何気なくこの言葉を使っていますね。

「この場をお借りして一言申し上げます」などと。

なんとなく感覚的に「場」というものを感じているからです。

しかし、「『場』とはなんですか?」と改めて聞かれたら
答えられないですね。

「雰囲気」とか「空気のような」というように曖昧です。

あらゆるところに「場」は働いています。

宇宙そのものが「場」です。

と言われても、ますますわからなくなりませんか。

家庭の場、会社の場、国の場、人類の場、時代の場、生命の場、地球の場、
というように、「場」には階層と種類があります。

それでは「場」とは何なのか?

まず「場」は自然発生的に出来上がるものです。
一つのエネルギーのようなものです。

ツキのようなものです。
物事についてるついてないのツキのことです。

ツキがあるのはわかりますが、ツキの正体はと聞かれると説明できませんね。

「場」も同じです。

その「場」のエネルギーも、時間的、空間的、心理的、物理的にとって
刻々と変化します。

イメージ的には水が個体になったり、液体になったり、気体になったり
するようなものです。

「場」とは何かという定義は難しいですが、「場」はどうして生成されるのか
というと少し説明は可能です。

「場」には4つの作用があります。

1ゆらぎ

すべての現象は変化し続けています。諸行無常の教えです。

2共鳴

すべての現象はお互いに影響しあって独立して存在しているものはありません。
諸法無我の教えです。

3自己組織化

すべての現象は自然に秩序化していきます。ミクロに見たときはエントロピー増大
に向かっているように見えますが、宇宙のスケールで眺めると宇宙も秩序化して
生成進化しています。

4免疫作用

「場」が崩れないように、他を排斥する力が働いています。
ウィルスに感染すると免疫力が上がり退治するようなものです。

このように「場」はまるで生き物のように生成発展していきます。
「場」は自然現象で何人も逆らうことのできない妖怪です。

「今地球上で何が起こっているのか」

これを「場」という概念で捉えてみると、ある意味でその意味がわかります。
時代の場という妖怪が暴れている姿が見えてきます。

変化の激しい今の時代に「場」を理解しておくことは大いに役立ちます。
なぜなら、あなたの人生そのもが「場」の影響を受けているからです。

機会があれば、この「場」という正体をみなさんと勉強していきましょう。

自分の思い込みは「催眠」と同じです

自分の思い込みは「催眠」と同じです

現実とは何かという問いかけは哲学的な難問です。

通常は自分の思いこんでいる世界が、その人にとっての現実です。
客観的現実などありえないということになります。

自分の思い込み通りに現実が成り立っているので、本人にとっては
なんの矛盾もありません。

他の人の思い込みとぶつかった時に初めて矛盾を感じます。
ところが本人に取ってはあくまで現実なので、相手の間違いを指摘します。

このようにして人はそれぞれの意識空間に生きているのです。

その思い込みを催眠で修正すると現実も変わってきます。
思い込みのない人は誰もいません。

ということは誰でも催眠状態であるということです。

いい思い込みは人生を豊かにしますが、悪い思い込みは人生を潰しかねません。
心に実体がないように催眠にも実体がありません。

だから催眠に対する思い込みも人それぞれです。

怪しげなもの、神秘的、まやかし物、錯覚の世界、逆に心理療法に役立つ、
マーケティングに役立つ、人間理解に役立つなど、好きなように思いこんでいます。

実体のないものに実体を持たせようとするからです。
量子論の科学者さえも、「この宇宙は人間の想像で作り上げた産物である」と
言っています。

あの、お釈迦様もいみじくも言った「色即是空・空即是色」と。

この世はそれぞれの夢の世界なのかもしれませんね。
これ自体私の思い込みの世界です。

この世に真の現実などあるのでしょうか。